癇癪(かんしゃく)私も一緒に泣いていた頃…

長男くんの癇癪は、

聴覚過敏や感触過敏、

そしてADHDからくる衝動性や

感情のコントロールの難しさが大きかったように思います。

それは、生まれてすぐの頃から始まっていました。

音や感触に敏感だった長男くん

長男くんがやっと眠ったから、

「今のうちにお皿を洗おう」

「ご飯を作ろうかな」

そう思って蛇口をひねった瞬間――

水がシンクに当たる音だけで、

大きな声で泣き始めてしまうことが何度もありました。

ご飯も、嫌なものだと感じると

泣き続けてしまいます。

抱っこをしても、

持ち方が少しでも気に入らなかったり、

そもそも抱っこ自体が嫌だったりして、

どうしたらいいの…?😱と分からなくなることもありました。

意思疎通ができなかった頃

4歳になるまで発語がなかった長男くん。

「どうして泣いているのか」

「何が嫌なのか」

それが分からないまま向き合う毎日は、

正直とても苦しかったです。

私も、泣きたい気持ちでいっぱいでした。

外出が怖かった日々

病院やスーパーなど人の集まる所に行くときは、

癇癪が起きたときのために、

匂いが出にくいグミなどを

いつもカバンに入れていました。

「今日は大丈夫かな

「途中で泣き出したらどうしよう

そんな不安を抱えながらの外出でした。

2歳の頃、スーパーで癇癪を起こしたとき、

周囲の何気ない言葉が耳に入ってきて、

胸がぎゅっと締めつけられたこともあります。

母としての自信がなくなっていった時期

周りに迷惑をかけているんじゃないか…💦

また嫌な顔をされるんじゃないか…💦

そんなことばかり気にして、あの頃は

常に緊張していました🥶

一生懸命やっているつもりなのに、

うまくいかないことばかりで😓

母としての自信も😭

自己肯定感もどんどん下がっていった時期でした😭(子どもが怒られたりして下がるものだと思ってたけど…今思えば私そんな状態だったと思います😭)

10年経った今だから思うこと

今振り返ると、

あの頃の私は本当によく頑張っていたと思います😂

でも当時は、

そんなふうにはとても思えませんでしたし😓

なんなら正解がわからない

手探りな状態で試行錯誤していました😅

癇癪が続く日々の中で、

「ちゃんと育てられていないんじゃないか」

そう感じていたのだと思います。

小学校に入学したばかりの時も、

また違う試練がくるのですが…🥶

(それはまた今度ゆっくり思い出しながら書きます✐☡)

現在12歳の長男くんはとてもお喋りで、自分の好きなことを永遠と話しています😂

私のこの経験が、

同じように悩んでいる方にとって、

「私だけじゃないんだ」と思えるきっかけになれば嬉しいです🌷

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