
はじめに
一斉指示が通りにくく、
まだ大人の介入がないと
自分の気持ちをうまく伝えられなかった長男くん。
小学校の6年間は、
支援級に在籍しました。
振り返ると、
この6年間は悩みも葛藤も多かったけれど、
同時に、
たくさんの成長を見ることができた時間でもありました。
1年生
放課後等デイサービス(放デイ)が始まりました。
少人数の環境で療育を受けてきた長男くんにとって、
小学校は刺激が多すぎる毎日。
その影響もあり、
大暴れしてしまうこともありました😱
「なぜそういう行動をしたのか」
「自分の気持ちをどう伝えたらいいのか」
「自分で行動を制御すること」
それがとても難しく、
先生に怒られる日々の1年生前半…。
同級生とも、
まだ会話ができなかったため、
理解してもらえない場面も多くありました。
初めての面談では、
交流級の先生から
長男くんへの否定的な言葉や不満が次々と出てきて、
私は大きなショックを受けました。
悩んだ末、
ADHDの服薬を決意します💊
その後、
校長先生も含めた場を設けてもらい、
乳児期からの長男くんの特性や、
家庭での関わり方をお話ししました。
「後から叱っても、長男くんには響きにくいこと」
「その日のうちに伝えることが大切なこと」
連絡帳を通して、
家庭での関わり方や理由を共有していく中で、
先生の理解は少しずつ深まり、
とても良い関係を築けるようになりました。
忙しい中でも向き合ってくださった
1年生の交流級の先生が、
「私を変えてくれた、長男くんとの出会いに感謝しています」
そう言ってくださって
私の方こそ先生への感謝の気持ちでいっぱいでした🥹
2年生
学校生活には少し慣れてきたものの、
衝動的な行動はまだ多く、
「必ず服薬して登校してください」
とお願いされる日々。
偏食もあり、
薬を飲むこと自体が難しい長男くんは、
飲むと吐いてしまうこともありました💦
無理に飲ませるのも辛く、
でも飲まないと学校で困る…。
とても葛藤した2年生でした。
給食も、
白米の日しか食べられず、
放デイにそのまま行く日は、
「ちゃんと食べたかな」
「お腹空いてないかな」
と、いつも心配していました。
3年生
引っ越しをして、
新しい小学校へ。
この地域では
支援級に入るために検査が必要だったのですが、
検査したその日に、
「支援級に入れます」
と言われた長男くん😅
支援級に入りたい気持ちはあったものの、
「やっぱり完全に支援級なんだ…」
と、少し複雑な気持ちにもなりました🥹
ここでも服薬については悩みが続きましたが…
この頃から、
給食で白米以外のものも
少しずつ食べられるように✨
牛乳は、
毎日飲めていたようです🥛
4年生
衝動的な行動は残っているものの、
全体的に落ち着いてきた長男くん。
語彙力も増え、
自分の気持ちを
言葉にできるようになってきました。
そして、
服薬をやめる
放デイをやめる
という大きな決断。
「薬を飲まなくてもちゃんとする」
「放デイに行きたくない」
そう気持ちを伝えてくれた長男くんを信じ、
先生にも相談した上で、
やめることを決めました。
交流級の先生からは、
「挨拶もきちんとできるし、
正直、長男くんより落ち着かない子も
交流級にはいますよ🤫」
と言われるほどに😳
給食も、
ほぼ完食できる日が増えてきました👏
5年生
高学年になり、
自分の気持ちを言葉で伝えられるように。
放デイをやめた代わりに、
習い事を再スタート。
「辞めたい」と言うこともありましたが、
がんばって1年間通えました。
集中できる時には
プリントを何枚も解く姿も見られるようになりました👏
交流級の発表会では、
長い文章を大きな声で
一人で発表することもできました💮
給食も、
一つのお箸で完食できるようになり、
苦手なものも
「一口は挑戦」できるように。
初めての給食完食は、
忘れられない出来事です👏
6年生
最高学年になり、
学校の準備や水筒などの朝の準備も一人でできるようになりました。
習い事の宿題を
毎回しっかりこなしていることを褒められ、
「辞めたい」と言わなくなった長男くん💮
もともと
マインクラフトなどのゲームが好きでしたが、
6年生になってからは
ゲーム三昧の日々🎮
将来は
「ゲームを作る人になりたい」
そう話しています。
今も苦手なのは、
気持ちを文章にすること。
それでも、
卒業文集の文章を一生懸命考えて書いた姿に、
6年間の成長を強く感じました。
おわりに
小学校の6年間は、
決して楽な道ではありませんでした。
でも、
支えてくれて、
関わってきた先生方との出会い、
少しずつ積み重ねてきた経験が、
今の長男くんにつながっています。
これからも、
きっと悩みながら、
でも前に進んでいくのだと思います😌

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